自己肯定感は他人の評価で決まる?家族内で孤独を感じた私が「心の境界線」を引けるまで
自分の価値が分からなくなったあなたへ。他人の評価という「呪い」を解く方法
「自分はいてもいなくても同じではないか」
「なぜ、あんな失礼な態度を
されなければならないのか」
そんな風に、誰かの振る舞いによって
自分の存在意義が揺らいでしまうことは
ありませんか?
実は、自己肯定感が低くなってしまう背景には、
単なる性格の問題だけでなく、過去の体験や
「神経系の状態」が深く関わっています。
今回は、私が体験した
「家族アルバムから私の写真だけが消えていた」
という衝撃的な出来事を通して、
他人に自分の価値を委ねないための
「心の境界線」の引き方についてお話しします。
この記事を読み終える頃には、
ざわざわした心の波が少し落ち着き、
「あの人たちの評価なんて、どうでもいいんだ」
と思えるヒントが見つかるはずです。
【体験談】家族アルバムから「私の写真」だけが抜き取られていた日
【自己肯定感】とは、
「ありのままの自分を、条件をつけずに認め、
存在意義を肯定できる感覚」のこと。
本来、自分で決めていいはずの感覚ですが、
実は「他人からの評価」に委ねてしまっている
人が少なくありません。
ここで、私の話を少しさせてください。
著書でも簡単に触れましたが、
母が亡くなった時のことです。
親戚が実家に集まり、
姉が家族アルバムを披露していました。
ふと気づくと、何冊もあるアルバムの
すべてから、 私の写真だけが
事前に抜き取られていたのです。
姉は少し離れた場所から、
満足げな顔で私を見ていました。
当然、嫌な気分にはなりましたが、
本当に傷ついたのはそこではありません。
何人もいた親戚の中で、誰一人として、
アルバムに「私がいないこと」に
気づかなかったのです。
たった4人家族なのに、3人しか登場しない。
その不自然さに、誰も疑問を持たない。
やりきれなくなった私は、たまたま手元にあった
姉が参加しなかった「別の家族旅行のアルバム」
を親戚に見せました。
すると、どうでしょう。
大量のアルバムで私の欠如をスルーした
親戚たちが、 そのたった1冊に
姉が写っていないのを見て、
「〇〇(姉)ちゃんは?」と尋ねたのです。
これは、正直キツかったです。
「私という人間は、
いてもいなくても気づかれない存在なんだ」
そう思わずにはいられませんでした。
母を亡くした悲しみに加え、
「誰からも必要とされていない」という
痛烈なラベルを、
自分自身に貼ってしまった瞬間でした。

他人の評価と「自分の価値」は1mmも関係ない
私の自己肯定感は、
文字通り地に落ちました。
でも、今ならはっきり分かります。
親戚が気づかないことと、私の価値には、
何の関係もありません。
そもそも、写真を抜く姉も、気づかない親戚も、
ただただ失礼な話です。
そんな人たちに、
私の価値を決めさせてたまるか!と思うのです。
もしその場に私の友人がいたら、
真っ先に気づいてくれたでしょう。
私を認めてくれる人は他にいるし、
私の居場所はそこにはなかった、
というだけのことです。
心を守る「バウンダリー(心理的境界線)」の重要性
そうやって「線引き」ができると、
たとえ血縁であっても、
「私の人生に必要ない人たちだ。
大した問題じゃない」
と思えるようになりました。
ここには「心理的な境界線(バウンダリー)」や、
「神経系が整うこと」が大きく影響しています。

なぜ「白黒つけたくなる」のか?神経系と心の関係
人は神経が緊張状態(闘争・逃走モード)に
あると、物事を白黒つけたがり、
曖昧さに耐えられなくなります。
「曖昧=危険」と脳が判断してしまうからです。
しかし、神経系が落ち着いてくると、
「親戚にどう思われていても、特に困らないし、
どっちでもいいや」という、
しなやかな楽観性が生まれます。
答えが出ない時間を耐える力「ネガティブ・ケイパビリティ」
不確実な状況のなかで、あえて結論を急がず、
そこに留まり続ける力。
これを「ネガティブ・ケイパビリティ」
と呼びます。
トラウマを抱えていると、
脳が常に戦闘状態のため、この「曖昧さ」を
苦痛に感じることが多いのです。
(※以前、ブログでも詳しく解説していますので、気になる方はこちらをご覧ください)
自分自身の「安心感」を育てていこう
自分の価値を、自分を大切にしない人に
預ける必要はありません。
他人の反応に振り回される自分を
責めなくていいのです。
神経系を整え、境界線を引くことで、
世界の見え方は変わります。
曖昧さを受け入れ、
自分との繋がりを取り戻していく。
そんな「神経系の安心感」を、
一緒に育んでいきましょう。
もし長い記事が疲れるなと感じたら、
エッセイカテゴリーに短めの文章もあります。
気軽に読める内容なので、
ちょっとした息抜きにどうぞ。
あなたの心が軽くなる一言が
見つかるかもしれません。
エッセイはこちら














