思考が止まらないあなたへ。不確実な世界で「中今」に留まるためのサバイバルガイド
思考が止まらず、いつも何かを考えずにはいられないあなたへ
「夜、布団に入っても思考が止まらない」
「常に問題を考えていないと、
取り返しのつかないことが起きそうで怖い」
もしあなたがそんな、頭が休まる暇もない日々を
過ごしているとしたら、毎日どれほど体も心も
疲弊していることでしょう。
私たちは、休んでいる時でさえ、
頭の中では「解決すべき問題」を
必死にこねくり回してしまいます。
実は、この「思考が止まらない」という
状態は、あなたの性格の問題ではありません。
それは、かつてあなたが経験した
トラウマから自分を守るために身につけた、
切実な「生存戦略」なのです。
今日は、なぜ私たちは
「問題を考えないでいること」が
これほどまでに怖いのか、
その理由を3つの視点からご説明いたします。
なぜ「考えないこと」が「恐怖」に直結するのか
トラウマを抱えた心にとって、
思考を止めることは、いわば
「武器を捨てて戦場の真ん中に立つ」ような
無防備な状態。
かつて、あなたの人生に「予測不能な痛み」が
降りかかったとき、あなたの脳は、
二度と同じ目に遭わないよう、
周囲の状況を常にスキャンし、
最悪の事態を予測する「過覚醒」というモードを
オンにしました。
このモードがオンになると、
思考は「盾」になります。
「あのアポイントに遅れたらどうしよう」
「相手が不機嫌になったらどう返そう」
「もし病気になったら・・・」
私たちは、考えることで
「コントロールしている感覚」を
得ようとします。
考えることが苦しくても、考えないことで訪れる
「何が起きるかわからない空白」に
身をさらすよりは、
まだマシだと感じてしまうからです。
【視点①】不確実性への耐性:コントロールという幻想
一つ目の視点は、「不確実性への耐性」です。
これは、先行きが見えない状態を
どの程度許容できるかという力のこと。
トラウマを経験すると、
この耐性が著しく低くなることがあります。
なぜなら、トラウマとは
「自分の人生が全くコントロール不能になり、
圧倒される」という体験だからです。
その傷が深いほど、私たちは
「不確実=即、生命の危険」と
翻訳してしまいます。
私たちは、問題を必死に考えることで、
世界の「不確実さ」を無理やり
「確実(予測可能)」に変えようとします。
「こうなれば、こうなるはずだ」という
論理の鎖を繋ぐことで、
安心を買おうとするのです。
しかし、現実は常に揺れ動いています。
どれほど考えても不確実さは消えません。
このギャップに苦しむとき、
まずは自分にこう声をかけてあげてください。
「私が今、こんなに考え続けているのは、
それほどまでに『二度と傷つきたくない』と
自分を守ろうとしているからなんだね」と。
【視点②】中今(なかいま):過去の侵入を食い止めるために
二つ目の視点は、日本古来の言葉である
「中今(なかいま)」です。
これは「今、この瞬間に意識を置く」という
状態を指します。
最近では、欧米を中心に発展した
「マインドフルネス」という言葉で、
この大切さを耳にすることも多いでしょう。
どちらも「今ここ」に留まることを
説いていますが、
トラウマケアにおいては、それぞれが持つ
微妙なニュアンスの違いがあります。
マインドフルネスが、
思考や感情を客観的に観察する
「脳と心のトレーニング(技術)」であるのに
対し、中今は、過去から未来へと続く
永遠の流れの真ん中にいる自分を感じる
「精神的な居場所」のようなイメージです。
トラウマを抱えた人にとって、
この「今」に留まることが、
実は最も恐ろしいことである場合があります。
なぜなら、思考を止めて
「今」の静寂に戻った瞬間、
心の奥底に閉じ込めていた過去の痛みの記憶や、
言葉にならない身体の震えが、
フラッシュバックのように溢れ出してくる
予感がするからです。
私たちは、過去から逃げるために、
あるいは未来の不安に備えるために、
意識を「今」から飛ばし、
思考という迷路の中に逃げ込みます。
マインドフルネスのワークで
「自分の呼吸に集中しましょう」と言われて、
かえって苦しくなったり、
不安が強まったりする方がいるのも、
この「防衛反応」が働いている証拠です。
「考えないでいるのが怖い」のは、
今ここにある自分と向き合う準備が、
まだ整っていないだけかもしれません。
それは決して悪いことではなく、
あなたの心があなたを守るために、
必死に思考のカーテンを閉めている
状態なのです。
思考の嵐が吹くときは、
「今はマインドフルネスができなくてもいい。
でも、私は大きな時間の流れ(中今)の中に、
ただ存在しているだけでいいんだ」と、
少しだけ自分を許してあげてください。

【視点③】ネガティブ・ケイパビリティ:宙吊りの自分を許す
三つ目の視点は、
「ネガティブ・ケイパビリティ」です。
これは「どうすればいいか分からない事態に
おいて、性急に答えを求めず、不確実さの中に
留まり続ける能力」を指します。
現代社会では、問題を早く解決する力
(ポジティブ・ケイパビリティ)ばかりが
称賛されます。
しかし、トラウマの癒やしにおいて必要なのは、
むしろその逆です。
トラウマがもたらす問い
「なぜ私が?」
「いつになったら楽になるのか?」
これらには、
すぐに納得できる答えはありません。
「問題を考えないでいること」への恐怖は、
「答えが出ない宙吊り状態」に耐えられない
苦しさでもあります。
しかし、答えを急いで
自分を納得させようとすることは、
まだ癒えていない傷口に
無理やり絆創膏を貼るようなものです。
「今はまだ、分からなくていい」
「解決できないまま、ここにいていい」
そうやって、未解決の自分を
そのまま抱きしめる力。
それこそが、回復のプロセスにおいて
最もパワフルな力となります。
思考のスイッチを少しずつ緩めるために
もし、この記事を読んでいる最中も、
あなたの頭がフル回転で
「でも、こうなったらどうする?」と
考えていたとしても、
自分を責めないでください。
「考えない」というのは、
思考を消去することではありません。
「あ、今自分は必死に考えようとしているな。
それほどまでに不安なんだな」と、
思考している自分を一歩離れたところから見守る
ことから始まります。
思考の嵐が吹き荒れたときは、
少しだけ意識を身体に向けてみてください。
- 足の裏が地面についている感覚
- 吸う息と吐く息の温度の差
それは、思考という戦場から「中今」という
避難所へ、一瞬だけ帰還する練習です。
問題を考えないでいることは、
無防備になることではありません。
それは、「考えなくても、私は守られている」
という新しい安心感を、
自分の神経系に覚え込ませていく、
とても静かで勇敢な挑戦なのです。
不確実な世界の中で、
答えが出ないままのあなたで、
今日を生きている。
そのこと自体が、
何よりも素晴らしいことなんです。

カウンセリングという選択肢もあります
もし、この記事を読みながら
「頭では分かっても、
どうしても思考が止まらなくて苦しい」
「一人で抱えるには、つらすぎる」と
感じたときは、専門家を頼ることを
検討してみてください。
トラウマの影響で「過覚醒」の状態にある
神経系を、自分一人の力だけで
落ち着かせるのは、とても根気のいる作業です。
カウンセリングという安全な場所で、
誰かの温かな眼差しに見守られながらであれば、
少しずつ「思考の盾」を横に置き、
今の自分と繋がる練習をしていくことが
できます。
当カウンセリングルームでは、
あなたが長年自分を守るために使い続けてきた
「思考」を否定することなく、
その奥にある不安や痛みに優しく寄り添う
アプローチを大切にしています。
- 「答えのない不安」を安心して吐き出せる場所
- 身体の感覚を取り戻し、今ここ(中今)に留まるワーク
- あなたのペースに合わせた、心の安全保障の再構築
「思考が止まらない」「考えなずにいるのが怖い」
というその感覚さえも、
大切なあなたの一部です。
それを一緒に見つめ、少しずつ静かな安心感へと
変えていくお手伝いをさせてください。
もし長い記事が疲れるなと感じたら、
エッセイカテゴリーに短めの文章もあります。
気軽に読める内容なので、
ちょっとした息抜きにどうぞ。
あなたの心が軽くなる一言が
見つかるかもしれません。
エッセイはこちら














