「今日までよく生きてきたね」と思えたら、世界の色が変わった話
どんな自分であっても、
良い悪い、好き嫌いに関係なく、
「今日まで必死に
環境に適応しようと生きてきたんだ」
ということが腑に落ちると、
自分のことが愛おしくなります。
私たちは普段、自分のダメなところや
不器用なところばかり責めてしまいがちです。
けれど、それらはすべて、
その時々の環境でなんとか生き抜こうと
必死だった証拠なのかもしれません。
例えば、こんな風にです。
- 周りの空気を壊さないよう、本当の気持ちを押し殺して笑顔を作っていたこと
- 自分の限界を超えているのに、期待に応えようと一人で抱え込んで頑張っていたこと
- これ以上傷つかないために、あえて誰とも深入りしないように距離をとっていたこと
人から見たら「要領が悪い」と
言われるような行動だとしても、
当時の自分にとっては
それが唯一の守り方だったんですよね。
そうやって「自分」を
愛おしく思えるようになると、
不思議なことに、他人に対しても
同じ眼差しを向けられるようになります。
「この人も、この人なりに
必死に今日まで生きてきたんだな」と。
バカみたいと思われるかもしれませんが、
私はよく、エスカレーターで
前に立っている人の後頭部を見ながら、
「あぁ、この人も
今日まで一生懸命生きてきたんだな」なんて、
一人で感概にふけっています。
すると、自分から見ている
世界の景色が変わります。
いや、景色というより、
世界を彩っている「色」が変わるんです。
刺々しく見えていた街や人が、
どこか優しく、愛おしい色に染まっていく感覚。
もし今、自分のことが
嫌になりそうなときは、
「それでも今日まで、
必死に適応して生きてきたんだよね」と、
そっと自分をやさしく撫でてあげてくださいね。

とは言っても、長年の思考のクセは、
一人だけで変えようとすると
なかなか難しいものですよね。
「どうしても自分の嫌なところばかり
目についてしまう」
「どうやって自分を労わったら
いいのか分からない」
そんなときは、どうぞ一人で抱え込まずに
お話ししに来てください。
あなたが今日までどんな風に環境に適応し、
必死に生き抜いてきたのか。
その足跡を、一緒に整理していきましょう。
必要なときに、いつでもお待ちしていますね。
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