自分の体なのに「ここ」にいない感覚。脳の地図から見るトラウマと身体の境界線
言葉にできない体の違和感の正体とは?
「頭ではもう大丈夫だとわかっているのに、
なぜか体が震え、固まってしまう」
「自分の体なのに、どこか遠くにあるような、
現実味のない感覚が続いている」
トラウマを抱える多くの方が、
このような「言葉にできない体の違和感」
に苦しんでいます。
なぜ、意思や言葉の力だけで、
この感覚をコントロールすることが
できないのでしょうか?
その答えは、私たちの脳の中に住む
「小さなこびと」が握っています。
今回は、脳神経外科医ペンフィールドが発見した
脳の地図「ホムンクルス」の視点から、
トラウマケアにおいてなぜ「身体」への
アプローチが不可欠なのかをご説明します。
ペンフィールドのホムンクルスとは?脳が描く「身体の地図」
私たちの脳(大脳皮質)の表面には、
体の各部位に対応した「地図」が存在します。
これを「ペンフィールドのホムンクルス
(小さなこびと)」と呼びます。

この地図の面白いところは、
実際の体の大きさと、脳の中での面積が
全く比例していない点です。
なぜ手と口が巨大なのか?人間を定義する脳の優先順位
ホムンクルスの図を見ると、手と指、
そして唇や舌が異常に大きく描かれています。
これは、脳がそれだけ多くの神経細胞を、
その部位の「精密なコントロール(運動野)」と
「繊細な情報の受取り(感覚野)」に
割り当てているからです。
人間にとって、道具を操る「手」と、
言葉で繋がる「口」は、
生存と進化のための生命線です。
脳はこの2箇所に広大なスペースを割くことで、
私たちを人間たらしめています。
逆に、背中や太ももなどは面積が広くても、
脳内での担当領域は驚くほど小さく、
大まかな感覚しか持ち合わせていません。
つまり、私たちの
「自分はこういう形をしている」という
自己イメージ(身体境界線)は、
この脳内の地図によって作られているのです。
と言っても、少し難しいかもしれませんね。
簡単に言うと、以下の3つの役割を脳が担っています。
①「心の目」で見ている自分の姿
目をつぶっていても自分の手足の位置がわかるのは、脳内に「設計図」があるからです。
②「ここまでは自分」という守りの壁
「身体境界線」とは、自分と他人の境界線。
この地図がくっきりしていると、他人に振り回されず「自分」という器の中に安心して留まっていられます。
③「自分という存在」のサイズ感
脳が自分の体の幅や重さを正しく見積もることで、私たちは迷子にならずに動けます。
トラウマケアとは、
このぼやけてしまった「自分の輪郭」を、
身体感覚を通じて丁寧になぞり直し、
鮮やかな地図へと再生していくプロセスなのです。
トラウマで「身体の境界線」が崩れるメカニズム
ところが、圧倒的な恐怖や耐えがたい苦痛
(トラウマ)を経験すると、
この脳内の地図に異変が起こります。
脳の地図に現れる「空白」と失体感症(アレキシソミア)
生命の危機を感じたとき、私たちの脳は
自分を守るために、一時的にその部位の感覚を
シャットダウンさせることがあります。
これを「解離」と呼びます。
この状態が続くと、ホムンクルスの地図上に
「空白」が生じます。
地図からその部位が消えてしまうため、
自分の体なのに感覚がない、
あるいは自分のものではないような
離脱感が生じるのです。
専門用語ではこれを
「失体感症(アレキシソミア)」と呼びます。
もしあなたが「自分の体の感覚がわからない」と
感じているなら、それはあなたの感受性が
乏しいのではありません。
かつて、あなたの脳があなたを守るために、
あえて地図を隠してくれた
「生存戦略」の結果なのです。

自分の「居場所」を脳に教える:体のカーナビとバランス・センサーの再起動
トラウマを抱えると、
自分がどこに立っているのか不安になる
「浮遊感」を感じることがあります。
これは、筋肉や関節の感覚を伝える
体のカーナビ機能(固有受容感覚)や、
バランスセンサー(前庭感覚)が
ホムンクルスの地図上で
不安定になっているためです。
トラウマケアで「足の裏の感覚を意識する
(グラウンディング)」を重視するのは、
この脳内の地図の土台を安定させるためです。
「私は今、地面にしっかりと立っている」という
信号がホムンクルスに届くことで、
脳の警報システムはようやくオフになるのです。
ボトムアップ・アプローチ:言葉を超えて脳を書き換える
多くのカウンセリングでは
「言葉」での対話を重視しますが、
トラウマケアにおいてはそれだけでは
不十分な場合があります。
思考(トップダウン)では届かない「感覚野」への対話
私たちの脳は階層構造になっています。
- トップダウン:思考や論理を司る「大脳新皮質」から、体に命令を送る。
- ボトムアップ:体の感覚(ホムンクルスがある領域)から、脳の中枢へと信号を送る。
トラウマの記憶は、言葉(論理)になる前の
「生々しい身体感覚」として、
ホムンクルスの領域に深く刻まれています。
左脳でいくら「もう終わったことだ」と
理解しようとしても、
右脳や感覚野にある地図が
「まだ体の一部が凍りついている」と信号を
出し続けていれば、苦しみは終わりません。
だからこそ、体から脳を変えていく
「ボトムアップ・アプローチ」が、
回復の鍵となるのです。
ポリヴェーガル理論で繋がる「顔」と「社会交流システム」
ここで、現代のトラウマケアに欠かせない
「ポリヴェーガル理論」の視点を
加えてみましょう。
ホムンクルスにおいて、
顔・口・喉の領域が非常に広いのは、
人間が「他者とつながることで安全を確保する」
社会的な動物だからです。
この領域は、自律神経の中でも
「社会交流システム」と密接に関係しています。
安心を感じる脳を取り戻すための、微細な動きの力
トラウマによって「凍りつき」の状態に
あるとき、顔の表情筋はこわばり、
声のトーンは単調になります。
これは、脳内のホムンクルス上の
「交流領域」が警戒モードに入り、
機能を停止している状態です。
ソマティック(身体指向)なセラピーでは、
無理に話すことよりも、まず呼吸を整えたり、
わずかに口角を緩めたり、
ハミングで喉を振動させたりすることから
始めることがあります。
これらの微細なアプローチが、
ホムンクルスを通じて脳に「今はもう安全だよ」
という強力なメッセージを送り、
凍りついた社会交流システムを
再起動させていくのです。
身体の知性を信じて、脳内の地図を再構築する旅へ
トラウマからの回復は、
単に過去の出来事を忘れることではありません。
それは、脳内のホムンクルスの地図に空いた
「空白」を、温かな感覚でひとつひとつ
埋め直していく作業です。
「足の指を動かせること」
「呼吸で胸が膨らむこと」
「手のひらの温かさを感じること」
こうした一見小さく思える身体体験こそが、
言葉を超えてあなたの脳を書き換え、
失われた「自分自身」という境界線を
取り戻してくれます。
あなたの体には、
癒えるための知性が備わっています。
言葉だけで解決しようとせず、
身体の声に耳を傾ける「ソマティックな対話」を
始めてみませんか。
脳内の小さなこびとは、
あなたが自分自身の体という安住の地へ
戻ってくるのを、ずっと待っています。

体が発している小さなサインに、一緒に耳を傾けましょう
もし、今あなたが
「自分の体が他人のもののよう」
「何をしても現実味がない」と
感じているのなら、それはあなた一人の力で
解決すべき問題ではなく、
脳と神経系が発しているSOSかも。
当カウンセリングでは、
ポリヴェーガル理論やソマティック(身体指向)
なアプローチを用い、
無理に過去を語らせるのではなく、
あなたの「身体の感覚」に
最も安全なペースでアプローチしていきます。
一人で抱え込まず、あなたの脳内の地図を
一緒に塗り直していく旅を始めませんか。
まずは、あなたの体が発している
小さなサインを、一緒に聴くことから
始めましょう。
もし長い記事が疲れるなと感じたら、
エッセイカテゴリーに短めの文章もあります。
気軽に読める内容なので、
ちょっとした息抜きにどうぞ。
あなたの心が軽くなる一言が
見つかるかもしれません。
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