毒親育ちが「自分がわからない」と感じるのはなぜ? ~ 正解探しに疲れてしまうあなたへ
「正解を探す」ことに慣れて、自分がわからなくなる
毒親育ちの人は、子どもの頃から
「どう振る舞えば怒られないか」
「どうしたら親に喜んでもらえるか」と
常に周囲の空気を敏感に読み取ってきました。
家庭の中が安心できる場所ではなく、
いつ爆発が起こるかわからないような機能不全家族で育つと、
子どもは無意識のうちに “正解”を探し続ける役割 を担わされます。
たとえば、
- 親の顔色を見ておどけて笑う
- 成績を上げて認めてもらおうと必死になる
- 下の兄弟の面倒を見て「いい子」でいようとする
こうした行動の根っこには、
ただ「愛されたい」「認めてもらいたい」という
純粋な子どもの願いがありました。
でも、それは本来の自分の気持ちを犠牲にして成り立つもの。
知らず知らずのうちに「自分を抑えて役割を演じる」ことが
習慣になっていきます。
大人になっても続く「正解探し」
子どもの頃に身につけた「正解探し」の癖は、
大人になっても自然に続いてしまいます。
家庭でも職場でも、友人関係でも恋愛でも、
無意識に相手の望む自分を演じてしまうのです。
- 家族の前では「優しい娘」
- 職場では「頼れる人」
- 友人の前では「明るくて楽しい人」
場面ごとに違う役割を演じるため、
ふとした瞬間に「本当の自分って何だろう?」と
分からなくなります。
それは一貫性のない行動に見えて自己嫌悪を招き、
「自分はダメだ」という思い込みを強めてしまいます。
「自分がわからない」という苦しみ
毒親育ちの人が「自分がわからない」と
感じるのは当然のことです。
それは自分の気持ちを無視してでも相手に合わせ、
正解を探すことを優先してきた結果だからです。
いつも神経を張りつめ、
周囲の期待に応えようと必死になる。
しかしどれほど頑張っても思うように評価されず、
むしろ「空回りしている」と感じることも少なくありません。
「どうしたら正解なのか」を考え続けることで、
心も体も消耗し、人間関係にも疲れを感じやすくなります。
本当は「ただ自分でいたい」だけなのに、
その感覚がわからなくなってしまうのです。

なぜ「正解探し」をやめられないのか?
毒親育ちの人が「正解探し」を
やめられないのには理由があります。
それは、子どもの頃に「正解を見つけなければ、愛されない」
「間違えば見捨てられる」という強い不安を抱えてきたからです。
その感覚は、大人になっても心の奥に残り続けます。
たとえ親から離れた後でも、上司やパートナー、
友人に対して無意識に同じ反応をしてしまうのです。
「正解を探す」ことは苦しい一方で、
自分を守るための 安全策 でもありました。
だからこそ頭では「やめたい」と思っていても、
体が勝手にそのパターンを繰り返してしまうのです。
この仕組みを理解するだけでも、
「自分はダメだからやめられないんだ」と
責める気持ちが少し和らぎます。
まずは「これは私の生き延びるための知恵だったんだ」と
受け止めることが、回復のスタートラインになります。
自分を取り戻すためにできること
「正解探し」をやめていきなり自分らしく生きるのは、
簡単なことではありません。
なぜなら長い年月をかけて身につけた生き方だからです。
でも、小さな一歩から始めることはできます。
- 「私は今どう感じてる?」と自分に問いかけてみる
- 本当は嫌なのに笑ってごまかしていないか気づいてみる
- 少しでも安心できる場所で、本音を試しに話してみる
こうした小さな練習を積み重ねることで、
少しずつ「自分の気持ち」にアクセスできるようになります。
そして、安心して自分を出せる関係や、
専門家と一緒に心を見つめる場を持つことは、
自分を取り戻す大きな助けになります。

さいごに
毒親育ちで「自分がわからない」と悩むのは、
あなたの弱さではありません。
子どもの頃に必死で生き抜くために身につけた大切な力です。
でも、もうその力に頼りすぎなくてもいい時期が来ています。
「正解を探す」ことから少しずつ、
「自分の気持ちに耳を傾ける」方向へ。
その変化をサポートするのが、私のカウンセリングです。
もし今、「自分がわからない苦しみ」から
抜け出したいと感じているなら、一度お話を聴かせてください。
安心できる時間の中で、
あなたの「本当の気持ち」を一緒に見つけていきましょう。
もし長い記事が疲れるなと感じたら、
エッセイカテゴリーに短めの文章もあります。
気軽に読める内容なので、ちょっとした息抜きにどうぞ。
あなたの心が軽くなる一言が見つかるかもしれません。
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